イギリス便り005「コロナ禍」まとめ(2021年度後半)

以下は、「イギリス科・ニュースレター」(2022年7月)からの抜粋です。
※「東京大学教養学部教養学科地域文化研究分科イギリス研究コース/大学院総合文化研究科地域文化研究専攻小地域イギリス」という、とても長い名称は、略して「イギリス科」と呼ばれています。

「ウィーン/コロナ/ケンブリッジ」

渡辺 愛子

ニューズレター刊行 30 号、おめでとうございます。サイトでバックナンバーを眺めていたところ、閲覧できる最古のイシューは、私が助手時代に手掛けたものでした(2003 年 10 月発行・第 7 号)。その後就職してからあっという間に 20 年近くが過ぎてしまい、駒場から 30 分圏内の早稲田で働きながらすっかりご無沙汰してしまいましたが、2021 年度に在外研究で過ごしたイギリスでは、距離的にははるかに遠のいたにもかかわらず、イギリス科を身近に感じる機会に幾度か恵まれました。

2021 年 5 月初頭、新型コロナウィルス感染症「危険レベル3・渡航中止勧告(渡航はやめてください)」のなか、ケンブリッジ大学が新年度の秋より訪問研究者受入れを再開するまで、留学中の長男(当時 13歳)に帯同してウィーンにおりました。

滞在中、木畑洋一先生が監訳され、イギリス科出身の浜井祐三子さん、原田真見さんとともに翻訳に参加させていただいたリチャード・エヴァンズ著『エリック・ホブズボーム~歴史の中の人生~』が岩波書店から刊行されました。幼少期をウィーンで過ごしたホブズボームに思いを馳せ、方々回り道をしながら、国立国会図書館に通う日々を送りました。

10 月、約 2 年ぶりのイギリスに到着してまず驚いたのは、マスクを着けた人たちの少なさです。レストランの厨房スタッフがノー・マスクで談笑交じりに仕事をしている光景は、公共スペースでのマスク着用が義務化されていたウィーンとはまったく異なり、衝撃的でした。

当時のイギリスはヨーロッパで感染者数首位を独走中だったにもかかわらず、政府は「コロナとともに」経済の復調を目指した政策に舵を切っていました。ワクチンの普及で重症化リスクが軽減されたことにより、国民の間に安心感が広がっていたのだと思います。

11 月末、そんな楽観的な気運に冷や水を浴びせたのがオミクロン変異株です。ジョンソン首相は、南アフリカ周辺諸国からの入国を制限するなど(おそらく世界でいち早く)対抗策を講じ、政府の迅速な対応をアピールしたように見えました。ところが、12 月 1 日付の大衆紙『ミラー』が、一年前のコロナ規制中に首相公邸で大規模なクリスマス・パーティーが催されていたという一大スクープ記事を報じ、世間を震撼させます。国民が激怒したのは、パーティー疑惑が持ち上がった昨年 12 月が、まさに政府が国民から「クリスマスを取り上げた」時期だったからです。

新年を迎えると首相公邸での宴会に関する新情報が次々と発覚し、それは(‘Watergate’事件に引っかけた)‘Partygate’スキャンダルと呼ばれるようになりました。警察が捜査に乗り出すことになり、謝罪に追い込まれたジョンソン首相にはもはや辞任しかないのか、万事休す――と思われた矢先、飛びこんできたのが、ロシアによるウクライナ侵攻のニュースでした。これに電光石火のごとく反応し、声高にロシアを非難し始めたのが、ほかならぬジョンソン首相だったのは驚くにあたりません。国民の目は否応なしに海外へと向けられ、連日、ニュースはウクライナ情勢を報じるようになりました。支持率が低下したサッチャー首相がフォークランド戦争を利用して国民の関心をそらした瞬間も、こんな感じだったのでしょうか。

日々目まぐるしく変化する政局とコロナの行方に釘付けになりながら、私自身はケンブリッジでイギリス文化外交史について史料を読み進めたり、冷戦期の東側陣営におけるイギリス文学作品の浸透について考察しました。時折、ケンブリッジの街を歩き、この地にもゆかりのあるホブズボームの足跡を辿ったりしました。この伝記の著者であるエヴァンズ先生には二度ほどお会いする機会があり、「あの第 4 章(ホブズボームの陸軍従軍時代)は一番面白くないのに、なんで訳すことになったのだ?」と尋ねられ、やや返答に窮しました。ゴンヴィル・アンド・キーズでのハイテーブルに招待いただいた際には、臨席したあるフェローがなんと山内久明先生をご存じという文学研究者でした。また、10 年以上前に草光俊雄先生よりご紹介いただいたマーティン・ドーントン先生にも何度かお会いし、マスターを務められたトリニティ・ホールに最近飾られたという先生の大きな肖像画を見せていただきました。明るい色合いのなかにカジュアルな装いで佇む先生の優しいお人柄が窺える素晴らしい絵です。

帰国直前の 3 月は、毎日慌ただしく過ごしました。時差の関係で中尾まさみ先生の最終講義にオンライン参加できませんでしたが、後藤春美先生ほかスタッフの方々にご尽力いただき、後日ビデオでご講義を拝聴し感激いたしました。中尾先生はいまも東大にお勤めとのことですので、一度ご挨拶に伺いたいです。

帰国時もじつは大波乱が起き、日本到着が年度をまたいでしまったのですが、もうスペースがありません。やれやれ――。やはり、研究休暇はコロナも戦争もない平和なときに取得するのがなによりですね。

 

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